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4.恐れ

 日曜日が来た。
 ヴォルテス王の結婚式である。妖精族のみならず人族までも、王の結婚を祝って至る所で宴が開かれていた。
 昼過ぎには王と王妃を乗せた馬車が城の前から郊外へ続く大通りを通るのだそうだ。結婚式自体は関係者しか参列できないが、このパレードは人族でも見られる。
 王と接する良い機会だ。
 昨日マギーが来て、セイロンにパレードを見に行こうと誘っていた。セイロンはそれ程行きたそうでもなかったが、サラも来るということで愚痴を言いながらも、出かける準備はしている。
 セイロンはサラが好きなのだろう。
 ルカも身なりを整えた。
「あれ。ルカは行かないんじゃなかったの?」
 セイロンが聞く。
 マギーにルカも誘われたが、それは断ったのだ。
「一緒には行かない。別の用があるからな」
 古ぼけた奴隷服の上に、白い外套を羽織り、頭にターバンを巻く。これがカザートの正式な服装なのだそうだ。この外套とターバンは三日前に国から支給された。セイロンは未成年なので、ルカと違い白い服が一着支給された。普段奴隷が外出着にしているのは橙色の服で、白い外出着は平民以上の着物だ。今日という日以外でそれを着て出かけたらどうなるか分かったものじゃない。
「別の用って何」
「あー、まあ、セイロンには関係ないから、気にすんな」
 もっと気の利いた言い訳を考えておけばよかった、とルカは思った。
「ふうん。時間合わせられるなら現地で合流も良いかと思ったんだけど、無理そうなら仕方ないね。じゃあこれ渡しておくね」
 セイロンがルカに向かって銀貨を投げた。大金だ。
「うわ。何これ。何に使えってんだ」
「ご祝儀。ルカがどこ行くつもりか知らないけど、もしパレード見に行くならご祝儀も持っていかなきゃ。妖精族がどういう結婚式するのか分かんないけど、人族の結婚式なら気持ちばかりのお金を渡すもんだよ」
「気持ちって、これそんな額じゃないだろ」
「髪も切ってもらいなよ。マギーが作った眼帯があるんだし、もうその前髪伸ばしとく必要もないでしょ」
 言われて、ルカは眼帯の前の右側の前髪に手を触れた。包帯を巻いていた頃、時間の掛かる包帯交換の間もできるだけ人に見られないようにする為に、前髪を伸ばしていたのだ。
「えぇ〜。俺この髪型気に入ってるんだ」
「そうなの? 変だと思うけどね。まあいいや。じゃあ、何か食べ物でも買ってよ。多分屋台が出てるけど、どれも法外な値段だろうし」
 変とは何だ。
 と思ったが、話がすっかり変わってしまって文句を言う暇はなかった。
「わかった。釣りが出たら返すわ」
「当たり前でしょ」
 セイロンは小さな巾着袋に、銅貨を何枚かずつ入れている。二つ用意しているから、マギーとサラの分なのだろう。子どもなのに律儀なことだ。
「お兄ちゃん」
 マギーが来た。白い服を着て、花束を抱えている。
 サラはまだのようだ。
「ねえ、おじさん、やっぱりパレード見に行かないの?」
 マギーがルカの側に来て行った。
「悪いな。他に用事があって一緒には行けないんだ」
「他の用事って何?」
 今さっきセイロンにも同じことを聞かれた。さすが兄妹。先程セイロンにろくに答えられなかった時に、気の利いた答えを考えておけばよかったのだ。
「あー、いや、これは俺の問題だから」
 そろそろ出発したかった。パレードの時間はまだ先だが、前もって通る道を調べて接触しやすい場所を探しておきたい。
「えー、何それ。その用事そんなに大事? 一緒に行った方が楽しいよ」
 そりゃ大事な用事だ。でもマギー達には無関係だ。何も知らない方が良い。
 何か教えてしまって、後でルカの共犯者だったことにされたら大変だ。
「俺が居なくても三人で行ったら楽しいだろ?」
 ルカが言うと、マギーが頬を膨らませた。
「違うの。そうじゃないの。そうじゃなくて、わたしはおじさんが……」
 言い淀んで俯く。
 次の言葉が出てこないので、ルカは会話が終わったのだと思って立ち上がった。
「じゃあ、俺もう行くから」
「待って」
 マギーが手に持っていた花束が床に落ちそうになって、ルカが落ちていくそれを拾い上げた。花束をマギーに返そうとしたが、マギーは両手でルカの袖を掴んで引っ張っていた。
「どうした?」
「わたし、おじさんと一緒に行きたいの」
「だから、今日は無理だって。セイロンやサラが居るから良いだろ?」
 ルカにマギーの気持ちを考えている余裕はなかった。時間も迫ってきている。機会さえあれば、今日のうちに仇討ちできるかもしれないのだ。
「違うの。お兄ちゃんやサラじゃなくて、おじさんが良いの」
 頬を上気させてマギーが訴えかける。
 マギーの相手をしなければいけないと一瞬思ったが、それよりも目先の仇討ちの方が大事だった。
 ルカは怒気を含んだ声で言った。
「いい加減にしてくれ。俺は用事があると言ってるだろ。もう行かなきゃならないとも言ったよな。言葉が通じないわけじゃないだろ」
 袖を掴むマギーの手を振り払う。
 マギーが怯えた表情をしたのが視界の隅に入った。
「待って、ルカ」
 家を出ようとしたルカを呼び止めたのはセイロンだった。
「何だ? 俺は急いでるんだが」
 マギーに言ったのと同じ口調でセイロンにも言う。
「マギー、せっかく来たとこ悪いけど、これおばさんに渡しに行ってくれる?」
 セイロンはマギーに小さな巾着袋を渡した。
 マギーが無言で頷いて家から出て行った。
 セイロンがルカに向き直る。
「ルカ、今の態度は酷いよ」
「セイロンには関係ない」
 歩き出す。
「関係あるだろ。僕はマギーの兄だぞ。ルカはマギーの気持ちを知っててあんなこと言ったの?」
 早口に捲し立てられて、ルカは入り口近くで立ち止まった。
 マギーの気持ち?
「一緒にパレードに行きたいってことか? そんなに大事なことか?」
 セイロンが大きく溜息を吐いた。
「今ちょっと、僕が莫迦だったと思ったよ。ルカがこんなにイライラしてるの初めて見た。僕でもびっくりしたもん。マギーは絶対泣くよ」
 泣いてなかったじゃないか。
 ルカは思ったが口には出さなかった。下手に返せば話が長引くと思ったのだ。
「何でそんなに急ぐの? パレードに行くんだよね? 何の為に? お祝いじゃないよね。だって、ヴォルテス王はルカの故郷を滅ぼしたんだから」
 駄目だ。セイロンはおそらくソルバーユ以上に勘が働く。いや、優れた観察眼を持っている。会話は続けられない。
 ルカは扉に手を掛けて押した。
「ルカ、行くなら、そのご両親の形見のナイフを置いていって」
 なぜ? などと聞いている余裕はなかった。この状態で話を長引かせても、セイロンを言い負かすことができるとは思えなかった。
 扉を開ける。
「ルカ!」
 後ろからセイロンの叫ぶような声が聞こえてきた。
 ルカの歩みは家を出て一歩で止まった。
 扉を開けたその先に、エルフの男がひとり立っていたからだ。
「ルカ殿、さるお方とお会いして頂きたい。一緒に来てもらおう」
 家の中にはセイロンが居る。
 前も後ろも行き止まりか。
 ルカは溜息を吐いて、目の前のエルフに言った。
「そのお方ってのは誰だ? あんたの話し振りからして、相当身分が高そうだけど」
 妖精族は辺りを見回して、ルカに耳打ちした。
「ヴォルテス王だ」
 元の姿勢に戻って続ける。
「だがこのことは他言無用。よいな」
「ああ、もちろんだ」
 どういうことか分からないが、王が直接会ってくれるというなら願ったりかなったりだ。
 ルカは家の中を振り返った。
「セイロン、俺このひとと用があるから。じゃあな」
 セイロンが不安げな表情でルカを見ている。
 ルカはセイロンに軽く手を振ると、エルフの男に付いて歩き始めた。

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