5.竜の洞窟 3
「そうだ。せっかく見張りも居ないのだから、今のうちに話しておこう」
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一ヶ月が過ぎ、ルカの半年に渡る刑期は無事に終わった。 何事も無かったかのように馬屋の仕事に戻って、「久しぶりだな」などとサルムと会話をした。 ルカが居ない間にすっかり昔のように汚れてしまった馬屋を見て、ルカが唸る。 後ろで見ていたサルムが笑った。 「戻ってきたときに何の仕事もないのも悪いかと思って」 「ありがとよ」 ルカはさっそく水を汲みに出かけた。 サルムも水桶を持って後を付いて来る。 「珍しいな。手伝ってくれるのか」 隣に来たサルムが言った。 「今日、ネルヴァ様がここに来る。表向きにはパロス総督に馬屋での仕事について助言をするってことになってるが、ルカに計画について話したいそうだ」 それだけ言うと、サルムは水桶をルカに渡して戻っていってしまった。 なるほど。サルムも仲間ってことか。 水桶を二つ持って、ルカは思った。 王を倒す計画はルカが代表になっているが、ほとんどをソルバーユが進めている。自由に出歩くことができなかったルカは、何人の仲間が居て、話がどう進んでいるのかはまだ把握しきれていない状況だった。 午後になってネルヴァが来たという知らせがあった。 午後は馬屋の見回りが仕事だ。パロスの目を盗んで会うには都合が良かった。 「ルカ、久しぶりだな」 あらかじめ決めておいた見回り場所をうろうろしていると、驚くほどどうどうとネルヴァに声を掛けられた。 「お袋さんのことは残念だったな」 会ったら最初に言おうと思っていたことだった。 本当は、話題に出すのも心苦しいくらいだ。だが何も言わないわけにもいかない。 「ああ。そうだな……」 ネルヴァの表情があまりにも悲しげで、同じように親を殺されたにも関わらず、もう怒りしか残っていない自分が惨めに思えた。 「手短に話す。こちらの手勢は現在五百。城に居る妖精族よりも多いが、力の差を考えると人数的にはまだ少ない。だが今の時点で懐を広げすぎるとボロが出る。お前が竜の剣を手に入れた後、実行の時になったら住民を扇動して数を増やす。いや、混乱させるだけでいい。王都の貴族どもが敵の数にならなければ、それだけでも随分楽になるはずだ」 淡々と話すネルヴァを見ていると、自分も冷静になってくる。 「扇動はうまく行くのか?」 「不安材料はばら撒いている。いつでも芽を出させることができる。ただ」 「ただ?」 「反乱に参加しない女性や子ども達はどうする。人族の中には、反乱に参加しないのであれば敵とみなすとまで言う過激派も居る」 ルカは溜息を吐いた。 意見の衝突は覚悟していたが、まさかそんなことまで話さなければならないとは。 「王側に付いて俺達を攻撃してこない限り敵ではない。無駄な殺生はするなと伝えておいてくれ。ただそれだけのことだ。機会があるなら、俺が直接言ってやる。……いや、なるべく早く機会を作ってくれ」 「わかった」 誰を敵とし、誰を味方とするか。それは基本的なことであり、重要なことだ。この反乱の目的は、王を倒してこの国を人族にとってよりよい国にすることだ。間違っても人族を傷つけてはいけない。人族を傷つけるようでは、目的に反することになる。 また、それ以前に、余計な人殺しは避けなければいけない。死者が多いことが大勝利というわけではないのだ。 そんな当たり前のこと。 また心が焦る。自分は今まで名ばかりの代表で、実際は何もできなかった。これからは人々を纏めなければならない。 政権を掴むのにどれだけのひとが死ぬのかは予想も付かないが、王を倒して政権も得られるなら互いの被害は最小限に済むのだ。 ルカは、王を倒せればそれで良かった。 王を倒す為に人々を利用する。代わりに、政権を掴む為に人々はルカを利用すれば良い。 「今度、お前に時間を作る。その時に竜の洞穴へ向かうんだ」 ネルヴァが言った。 「よろしく頼む」 ルカが言うと、ネルヴァはその場から離れた。 仕事が終わって畑に行ってみたが、イーメルも子ども達も居なかった。自分が出られない間、イーメルは子ども達を送る役を誰にも頼まなかったのだろうか。それで、遊ぶのをやめたのだろうか。 もうあの光景を見られないのかと思うと、少し残念に思った。 |