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5.竜の洞窟 4

 二週間程経って、ルカはパロスに呼ばれて数日間、別の馬屋で研修をすることになった。
 最初はいきなり何だろうと思っていたが、どうやらこれが、ネルヴァが言っていた『時間を作る』為の工作だったらしい。パロスと会ったのはその辞令を受けた時だけで、以降は研修をする別の馬屋で働いているという人族の男がルカを案内した。
 男は名前をジージルドと言い、実際にカザートの他の馬屋で働いているとのことだった。
「うちの馬屋に着く頃にはソルバーユ様もいらっしゃってるはずです」
 ジージルドが自己紹介の後唐突に言った。
 仲間だ。
 初めて会ったが、ジージルドはルカをじろじろ見たりといったこともない。ルカは片目を隠しているから、初めて会うと興味深げに見られるのが常だったが、気に留めないとは珍しい。年齢はルカよりも若そうだ。
「こんなこと言っても意味ないかもしれないけど」
 足早に歩きながらジージルドが言った。
「俺はあんたと同じで、故郷をカザート軍に滅ぼされたんだ。仲間の中には、単に今の仕事が嫌だからってだけで反乱軍に加わるのも居る。でも俺は違うってことだけ、覚えておいてくれ」
「本当に意味がないな」
 ルカが言うと、ジージルドは少し拍子抜けした顔をした。ジージルドにとって話で聞いただけではあるが、ルカがリーダーだ。自分のことを売り込んで損は無いはずだった。
「これは王を倒して妖精族の支配を止めさせることが目的の戦いだ。俺やお前が偉くなる為じゃない」
「そっか。そうだよな」
 本当に分かったのだろうか。人の心の中までは分からないから、言葉を信じるしかなかった。
 半日ほど歩いて、ジージルドが普段働いている馬屋に着いた。
「こいつはメリロード。カラドス地方にある馬屋で働いてる」
 ソルバーユに会う前に、別の人族の男を紹介された。
 カラドス地方はカザートの南方の地域だ。黒髪に黒目で日に焼けた肌、体格もルカと似ていた。
「ルカさんの代わりにここで働くことになった、メリロードです。よろしく」
 握手を交わす。
「この服を着て、外に出てください。右隣の建物でソルバーユ様がお待ちです」
 メリロードに渡された服は白い服、つまり平民の外出着だった。雨の日に使う頭巾も付いている。
 ジージルドとルカの物に似せた眼帯を着けたメリロードは、二人で出て行った。
 ルカはメリロードに渡された服に着替えると、建物から出た。言われた通り右側の建物に入る。これで待っているのがソルバーユでなかったら大事だが、ちゃんとソルバーユが居た。
「ちゃんと頭巾を被れ。人族だと分かると面倒だ」
「ああ、わかったよ。妖精族に扮した方がいいか?」
「仲間に見られると面倒だ。それはやめておけ」
 なるほど、と思って眼帯をずらすのはやめた。
 仲間には、ルカは人族だと思わせておいた方が良い。ソルバーユは、ルカが人族か妖精族かを一言も言わずに仲間を集めていたらしい。もし聞かれたら真実を教えるしかないが、今の所聞かれたこともないそうだ。妖精族を倒したがるのは人族だと、誰もが思っているのだろう。
 二人は馬に乗って出発した。
「ソルバーユ、あんたも一緒に来てくれるのか?」
「だったら君に地図を渡したりしないさ」
 その通りだ、と思う。
「私が一緒に行けるのは都を出るまでだ。次の仕事が押しててね。すぐに戻らなければならない」
「そうか。残念だ」
「こっちだ」
 都の真ん中を、人通りの少ない道を選んで馬に乗ったまま駆ける。
「見付かったらどうすんだ?」
「私は急患が出て急いでいる。君は私の助手だからね」
「なるほど」
 言った直後に、ルカ達は警備兵に呼び止められた。いや、警備兵ではない。イーメルの護衛官オーヴィアだ。
 ってことは……。
 その後ろからイーメルが侍女を数人連れて現れた。
 ソルバーユに目をやると、さすがのソルバーユもオーヴィアと顔を合わせ、気まずそうな表情をしていた。

「往来の真ん中を馬で疾走とは、いかがされた」
「すまないな。急患が出て急いでいたのでね」
 頭巾を取ってソルバーユが言う。
「これは、ソルバーユ殿でしたか。引き止めてすまなかった」
 あっさり抜けられそうだ、と思った時、イーメルが口を挟んだ。
「その後ろの者は? そなたの助手のトキメ殿ではないようだが」
 イーメルが言った。
 そりゃトキメさんと比べたら俺背高いしな。ていうか性別違うだろ。
「彼はあたらしい助手です。トキメにばかり苦労を掛けておりましたので」
「そなたはそんな優しい男ではなかろう」
 イーメルがルカを見て、口の端を上げた。
 ばれてるのか?
 頭巾を被っているから、ルカだと分かったとは思えない。だが口元は見えているのだから、分かってしまう可能性もある。
「オーヴィア、そなたすまぬが先に城に戻って『予定より遅くなる』と伝えてはくれぬか」
「はっ」
 オーヴィアは理由も聞かず、イーメルの指示にしたがって踵を返した。
 イーメルが後ろについている侍女達を振り返る。
「そなた達はわらわの代わりに、頼んでいたものを買って、城に戻ってくれ。わらわはソルバーユ殿に尋ねたいことがあったのじゃ」
 オーヴィアと違い、侍女たちはお互いに顔を見合わせていた。王女をひとりにしたくないのだろう。
「私がお供いたします」
 青い髪の侍女が言う。
 イーメルは首を横に振った。
「すまぬが、個人的なことじゃ。あまり聞かれたくない」
 困った顔をしていたが、ついに侍女も頭を下げ、ルカ達から離れて先へ行った。
 ばれてる。絶対ばれてるって。
 何とかならないかとソルバーユを見るが、ソルバーユはいつも通り難しそうな顔をしているだけだった。
「どこへ行くのじゃ」
 イーメルがルカの方を向いて言う。
「患者の所です」
 ソルバーユが答える。
「そなたには聞いておらぬ」
 言われて、ソルバーユは諦めたように溜息を吐いた。
「ここでは人目があります。誰がどこで聞いているかも分からない。患者の情報は他人には知られたくありません」
 言って、イーメルの腕を引っ張って自分の後ろに乗せた。
「えっ?」
 一応馬の背に跨ったイーメルだったが、急なことに驚いているようだった。
「こっちだ」
 ソルバーユがイーメルを乗せたまま、馬を走らせる。
 ルカもそれに続いた。
 少し走ると町の中ではなく、砂漠へ出た。
「中を行った方が早いんだがな。仕方ない」
 馬の歩みをすこし緩めて、砂漠を進み始める。ルカも並んだ。
「なんだ。そっちがよかったか?」
 ソルバーユが後ろをちらっと見て、それからルカに言う。
 イーメルは手綱を持つわけにも行かないからソルバーユにしがみ付いていたが、ソルバーユの言葉に手を緩めた。
「いや、別に」
 ルカが言う。
「うるさい」
 イーメルが言った。それから、丸めていた背を伸ばして、隣を馬で歩くルカを見た。
「それで、どこへ行こうとしていたのじゃ。言わぬのであれば、そなたらを王女誘拐で訴えるぞ」
「ああもう。ソルバーユ、言っていいか? 面倒だ」
 何も言わなければ、いつまで経ってもイーメルの追跡を逃れられない。嘘でもいいから適当な行き先を言えばそれで良いのだ。
 ソルバーユが頷いたのを見て、ルカは言った。
「カラドスに行くんだ」
 竜の洞窟とは全く関係のない地名だ。出発直前に聞いたので頭に残っていた。
「カラドス? 南か。こっちは北だが」
「追っ手をまく為です」
 ソルバーユがしれっとした顔で言っている。
「追っ手?」
「あなたの部下達ですよ。ああしなければ、付いて来ていたでしょう」
「ああ、そうか」
 納得してくれたようだ。
「……それを信じろと?」
 全然納得していなかった。
「侍女達は徒歩じゃ。どっちへ行っても馬なのだから追いつきはしない。言う気がないのなら仕方ない」
 イーメルが言う。
「わらわも一緒に行く」
 ソルバーユはその場でイーメルを馬から下ろした。
「無茶を言わないでください。カラドスは相当遠くですよ。一日二日で戻ってこられる距離ではありません」
「それでも行く」
「いい加減にしてください。私たちの邪魔をして、あなたに何の得があるのです?」
「わらわを連れて行かねば、そなたらを王女誘拐の罪で訴える。わらわを連れて行かねば、そなたらが大いに損をすると思うが?」
 何を言っても無駄だ。それだけは分かった。
 ルカはソルバーユに言った。
「もう良いよ。連れて行こう」
 ソルバーユが馬から下りた。
「ではこの馬をお使いください」
 イーメルに手綱を渡す。
 イーメルは馬に乗ると、ソルバーユに軽く頭を下げた。
「感謝する」
 ソルバーユに見送られて、ルカとイーメルは砂漠を走り出した。

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