7.竜の剣 4
ルカが竜の剣を振るうと、その刃に触れた妖精族は一瞬で灰になった。 最初はルカを狙って飛び込んできていた妖精族の兵士も、次第に近寄らなくなった。それで暫くは進みやすくなったが、次は人族の兵士が出てきた。 分かっていたことだ。 人族同士で争わせるのが一番、妖精族にとっては被害が少なく、楽に済むのだから。 今度はルカではなく、仲間の人族が前に出て、手に持った武器で敵の人族に襲いかかる。 殺さないように、とは最初に言ったが、この状況ではどうなっても仕方がない。 城の城門を壊しているのは陽動部隊だ。 ルカ自身は途中から別の道へ入った。昔イーメルから渡された地図。王族専用の脱出通路が描かれていた。あれを、ネルヴァが完璧に覚えていた。 出口にはそれぞれ人族を配置している。王以外の妖精族や人族は無視し、王が出てきたら狼煙を上げて連絡するように伝えてある。 ルカは近場の通路から、数人の仲間と共に城の内部に入った。 既に避難したのか、城の中は静かな物だ。 王を探してうろうろしていると、城の中が騒がしくなった。陽動で城門を壊していた仲間が、本当に城門を壊して中に入ってきたのだ。 えらく簡単に入れたのは、おそらくイーメルが前もって、城の警備が少なくなるように根回ししていたのだろう。 城の窓から外の様子が時折見えた。 ところどころで炎と煙が上がっている。 火事は嫌いだ。けれど、目を背けてはいけない。やれと言ったのは、自分なのだから。 正確に、それぞれ離れた場所で火事が起きている。消火に人手を割かせる為だ。消火に当たるのひとの中には、ルカの仲間も入っている。消火を本気でしてもらわなければ、この乾燥したカザートだ。どんどん燃え移って余計な被害が出る恐れがある。消火に当たる人々を鼓舞し、先導してもらう為に送り込んだのだ。 ヴォルテスは、イレイヤはどこだ。 広い城内を闇雲に探した。もちろん、探しているのはルカだけではない。他の仲間もそれぞれに探している。 途中で見かけた妖精族は、仲間が捕らえて縄を掛けた。捕虜に乱暴はするなと言っておいたが、いつの間にか見知らぬ人族も仲間に混ざっていて、伝達がうまく行っているとは思えない状況だった。 ヴォルテスを倒せば、それで終わるのに。 |
二階へ上がる。 ひと影が見えて、それを追いかける。追いつけるかと思ったが、その前にそのひと影は部屋に入った。 閉じた扉の前にそっと近寄り、中の様子を伺おうとする。 「もう、無理です。降参しましょう、ヴォルテス王!」 当たりだ。 中には、さっき駆け込んだ男の他に、ヴォルテスが居る。 「奴隷共に屈せよと言うのか」 ヴォルテスの声だ。 「しかしヴォルテス王、この状況では皆殺しにされてしまいます」 「泣き言をいうでない!」 「ぐわぁっ!」 男の悲鳴が聞こえた。 剣を構えて、部屋の扉を開ける。 扉の横に、さっきルカが後をつけた男の死体が転がっていた。 王の護衛の兵士たちが、ルカ目がけて攻撃してきた。ある者は剣を振り上げ、またある者は力を使う為に手のひらをルカに向けて。 「邪魔だ」 ルカはそれを、竜の剣を使って一気に灰にした。 胸が痛まなかったわけではない。だが、復讐の相手を目の前にした時、他の妖精族の命は些細な物に思えた。 残るのは、ルカとイレイヤ公のみになった。 「伝説の聖剣、ディガー・ソードの封印を解きおったか」 「ああ。試練とかあったけど、あんたを倒すために全部クリアしてきた」 「あの時殺しておくべきだったか」 ヴォルテスが笑う。人族に城を攻め滅ぼされようとしている、この状況になっても。ひとりでも何とかなると思っているのだろうか。 「今度は、俺があんたを殺す。あんたが、俺の両親や、故郷を奪ったように、俺があんたの命を奪う」 ルカは剣を持ってヴォルテスに走り寄った。 ヴォルテスは、ルカに手のひらを向けた。それから、目を閉じる。 ヴォルテスの掌から、波動がルカに向かって来た。 ルカの体が宙に浮く。一瞬だ。その後、そのまま入り口の方へ向かってルカは吹き飛んだ。 妖精の使う力は、やっかいだった。剣で切れるものではないし、盾で防御できるものでもないのだから。だから、 我慢するか、避けるか、だ。 ルカは思った。 立ち上がろうとすると、体がバキバキ音を立てた。関節がどうかしたらしい。それでも、なんとか動く。 避ける。どっちへ向いて避ければいい? ルカは自分に聞いた。 妖精の使う力には、色や形があるわけではない。避けようにも、どこまでその波動が来るのかわからないのだ。人族ならば。 ルカは半妖精だ。妖精の力には、確かに色も形もないが、ルカには空気の歪みが見える。空気が歪むのは、力が及んでいる範囲だけだ。 「見切ったぜ」 ルカは言った。 「もう一度、力を使ってみろよ」 挑発だ。ヴォルテスが挑発に乗ってくれるか、それはわからない。しかし、ルカが攻撃を仕掛けてから力を使われたら、ルカに勝ち目はなかった。 ヴォルテスが、ルカに向かって歩いて来る。 ある程度まで近くに来ると、不意に王は掌を向けずに、力を使った。 やばい! 忘れていた。 別に手のひらを向けなくても、体から波動を出せば、力を使えるのだ。一点から力を放出するのに比べ、威力は弱くなるが。 また、ルカは吹き飛んだ。今度はすぐ後ろに壁があったから、壁にぶつかった。 手のひらを向ける、という予告があれば避ける準備もできるが、予告がなければ、いつ攻撃に移ればいいのかわからない。 ヴォルテスがルカの近くに来なくては、竜の剣も使えない。 ルカは竜の剣を石の床に叩き付けた。 キーン 剣の刃が床に当たって、音が廊下に響いた。 何年もの間ダイゴラス・トーチスに眠っていた剣は、刃がもろくなっていたのだろう。床に当たった部分が欠けた。 「剣に頼るのはやめたのか?」 ヴォルテスは余裕のある声で言った。 ルカは立っているのがやっとの状態だ。 ヴォルテスは、壁に入り口の近くの壁に掛けてあった、宝剣を手にとった。宝剣は魔よけのために入り口に飾るもので、あまり剣としての役割を果たすことはない。しかし、竜の剣をルカから遠い所に持って行くのには役立った。 ヴォルテスとて、剣に触ることは避けたい。だから、宝剣を鞘に入ったまま廊下の竜の剣に向けて滑らせ、剣同士で弾いて遠くへやったのだ。 「どどめをさしてやろう。ルカ、とか言ったか。おまえが居なくなれば、こちらの被害も少ないうちに反乱は収まるだろう」 ヴォルテスはルカの首を締めた。 「う……」 敵を褒めている場合ではないが、それにしても、すごい力だ。息を止めさせて殺すのではなく、女であれば首をへし折ることさえできそうだ。 ルカはバランスを崩して、床へ倒れ込んだ。 一瞬、ヴォルテスの、ルカの首を締めている手が緩んだ。 しかし、すぐに元のように強い力を込めた。 「お……わり…だ」 ルカが途切れ途切れに言う。 「まだ喋れるのか。ふん、生意気な。だが、確かに、おまえももう終わりだな」 ヴォルテスのその言葉に、ルカは唇の端を上げた。 「何がおかしい」 そう言ったヴォルテスの腕に、赤い筋が浮き上がっていた。 「何!?」 赤い筋は、切り傷だった。小さく、浅い傷だが、確かに剣の傷。 血が灰に変わる。 傷口から徐々に、灰が流れてきた。 王の片腕が全て灰になると、それから先は早かった。一瞬で、全てが灰になった。 ルカは立ち上がって、体に付いた灰をはらった。 ルカの手の中には、竜の剣の刃のかけらがあった。 |