03年08月に読んだ本。   ←03年07月分へ 03年09月分へ→ ↑Indexへ ↓麻弥へのメール
●「蛇行する川のほとり3」恩田陸[中央公論新社]476円(03/08/23) →【bk1】【Amazon】

「蛇行する川のほとり」三部作がこれで完結です。
鞠子は美術部の先輩の香澄と芳野に、演劇祭の背景の絵を仕上げるために夏休みの終わりに香澄の家で合宿をしないかと誘われた。憧れの美しい先輩たちに誘われて有頂天になる鞠子だったが、それは鞠子にとって忘れた遠い夏の記憶を呼び戻される、残酷な9日間の始まりだったのだ…
美しい物語でした。ミステリアスな物語、夏の終わりと「少女」期の終わりを重ねるような情景描写の美しさ、言葉の美しさ、美しい装丁とつややかな紙の手触り。心地よい酩酊感が残る物語でした。
恩田さんの作品は、雰囲気作りは素晴らしいものの、オチが弱い作品が多いのですが、この「蛇行する川のほとり」は物語の畳み方も文句のつけようがない、美しいもので満足でした。
恩田陸作品の中では、「麦の海に沈む果実」が好きな人にはたまらない作品となっています。
派手さはない中篇ですが、悲しく美しいひと夏の物語、オススメです。


●「近代絵画史 ゴヤからモンドリアンまで 上/下」高階秀爾[中公新書]共に660円(03/08/22) →【bk1】/ 【Amazon】/

美術館のショップでパラパラと読んだらおもしろそうだったので購入しました。
ルネサンスから続いてきた伝統的な絵画表現とは全く違う、印象派たちの作品。一般的に近代絵画は印象派から始まると言われているが、その表現が突然生まれたものではなく、ゴヤ、クールベをはじめとする、そこに至る流れがあった。
社会情勢の変化に伴う、人々の意識の変化、そして芸術家たちが「自分自身の表現」を追い求めるようになったことから始まって…
私自身はわりと絵を見るのが好きで、ちょくちょく美術館に足を運んでいます。美術史的な知識も「点」「線」としては存在しているんですが、全体的な流れはあいまいにしかなくて。美術史だけではなく、その背景となる歴史、経済、文化と多方面にわたる話で編まれた説明によって、「流れ」がよくわかりました。
初版が1975年とかなり古い本ではありますが、内容は古びてません。取り上げている作家や作品は代表的なものではありますが、図版がほとんどないので、ある程度作家名と作品を知ってないと辛いかも。


●「マルドゥック・スクランブル The Third Exhaust―排気」冲方丁[ハヤカワ文庫]720円(03/08/14) →【bk1】【Amazon】

「マルクドゥック・スクランブル The First Compression―圧縮」「マルクドゥック・スクランブル The Second Compression―燃焼」に続く、三部作完結編。
娼婦の少女・バロットは、自分を飼っていた男・シェルに焼き殺されそうになって瀕死状態だったところを事件屋のドクターに助けられ、マルドゥックス・スクランブル−09を適応されて、電子攪拌の能力を得て生まれ変わった。バロットは同じくスクランブル-09である、万能兵器である金色の鼠・ウフコックの協力を得て、自分の存在意義を探すために、自分を殺そうとしたシェルの犯罪を追うことになった。バロットは重要な証拠となるシェルの記憶の記録が隠されているカジノの100万ドルチップを手に入れるために、ウフコックの力を得て、凄腕のディーラーとブラックジャックで対決を行う…
激しく、熱く、そして暖かい物語でした。おもしろかったです。
後半の激しいアクションもよかったのですが、何より前半の言葉と心での戦い…ブラックジャックでの駆け引き部分が抜群におもしろかったです。場に出てきたカードを全部記憶するとか、細かな確率計算に基づいた賭けを行うとか、表情や目線から相手の心理をうかがうとか、言葉を弄して相手を操るとか、そんなのは序の口。勝つことも負けることも許してくれない、何をやっても相手の手の平の上で踊っているような、そんな無力感をおぼえるほどのパーフェクトディラー相手の戦い。そしてブラックジャックでの戦いが生きるための戦いとなり、それを通じて、バロットの成長を鮮やかに見せているのもうまい。
この本、SFとしては読みやすい方だと思います。オススメです。


●「統計でウソをつく法 数式を使わない統計学入門」ダレル・ハフ/訳:高木秀玄[講談社ブルーバックス]880円(03/08/14) →【bk1】【Amazon】

タイトル通りの本。新聞や雑誌の記事や広告その他で使われるアンケート・調査結果の「嘘」について、数式や数学の用語を使わないで説明を行っている本です。出版されたのがが1954年とかなり前ですが、内容自体は今にも通じますし、古びていません。
ただ、軽い読み物ですから、高校数学で「統計」をちゃんと勉強した人には物足りないです。個人的には検定を適用する際の嘘などの説明もほしかった… でも数学が苦手という人にも分かるような説明ですので、算術平均と中央値と最頻値の違いを知らない人にはぜひ読んでほしい本です。今の世の中、もっともらしい数値を元にした「情報」がたくさん流通しているので、それの判断基準のひとつとして、数値のまやかしの仕組みは知っておいた方がいいのではないでしょうか。個人的には、確率統計って日常を送る上で一般人が一番必要とする分野ではないかと思ってたりするので…


●「ビートのディシプリン SIDE2[Fracture]」上遠野浩平[電撃文庫]610円(03/08/14) →【bk1】【Amazon】

「ブギーポップ」とは銘打たれていませんが、世界も登場人物も共通するシリーズ「ビートのディシプリン」二冊目。
統和機構の探索型合成人間のピート・ピートこと世良稔はフォルテッシモに「カーメン」の探索を押しつけられ、調べているうちにいつの間にか統和機構に命を狙われ、逃げ回るハメになった。次々と現れる戦闘型合成人間たちの襲撃にビートは…
戦闘、戦闘、戦闘と派手な展開。合間のビートの回想の中でのミンサーのエピソードはほろ苦くて好みでした。
今回、死神は作中に現れました。でもタイトルに冠されないのは、このビートに課せられた試練は、どうしようもなくなっても死神が幕を引いてくれないから…で。
「電撃hp」に連載されていた分に、書き下ろしエピソードが少し追加。久々に→←も登場、ますますオールスターキャストめいてきました。今までのシリーズを読んでないorあまり記憶にない人にはかなり辛いかも…
連載時には実は気が付いてなかったんですが、この話って「ブギーポップ・スタッカート ジンクス・ショップへようこそ」とも深いかかわりがありそうです。カーメントという言葉は→次期統和機構の中枢問題←と関連がありそうだし…
詳しい部分は次巻収録分の話に描かれていますが、→「ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッド」に登場したレインこと朱巳が暗躍していますが、彼女はなんの特殊能力もないごく普通の人間なのに、あの中であれだけやれるというのは凄い。(あの世界での人間でのスーパーキャラと言えば凪ですが、凪はMPLSなりそこね(?)ですから…)今回、ただの人間なのに戦闘能力が高いジィドという興味深いキャラもでていますが、腕っ節もないのに度胸と智恵だけで世界と対峙している朱巳の方がキャラの格でははるかに上かと。彼女が何を望んで行動しているかは連載分でそろそろ明かされるかな? そろそろブギーポップシリーズも終わりそうな気配がしてきましたが、このシリーズの展開もそれと深い関わりがありそうな気がしますが…


●「陰摩羅鬼の瑕」京極夏彦[講談社ノベルス]1500円(03/08/09) →【bk1】【Amazon】

京極夏彦の妖怪シリーズ(もしくは京極堂シリーズ)の待望の新刊が「塗仏の宴 宴の始末」から5年ぶりに発売されました。「百器徒然袋 −雨」で話題に出ていた「白樺湖の事件」です。
本当に久しぶりの新刊を本屋でみた最初の感想は「薄い!!」でした。といっても750ページはありますが… でも発売されるたびに分厚くなっていった「京極堂シリーズ」の流れから外れてしまったように思えて。
白樺湖畔には、元伯爵である由良昴允が使用人たちと住む「鳥の館」があった。伯爵は過去に四度結婚していたが、なぜか必ず新婚初夜が明けた朝に花嫁は息をひきとっていた。しかも、何者かに殺されて… その伯爵の五度目の結婚式を前に、今度こそ不幸を防ごうと「探偵」が呼ばれたが…
「京極堂シリーズ」はシリーズが進むにつれ、本の厚さも内容もエスカレートしていたようなところがありましたが、今回の話はページの厚さが「薄い」だけではなく、登場人物も少なく、ミステリとしてはシンプルな物語でした。しかもミステリ部分のしかけはわりとわかりやすかったですから、早い段階から分かった人が多いのではないでしょうか。私も半分を読んだ頃には8割くらいは見当がついていましたし。
もちろん、分かったからといって物語としての味わいは損なわれていません。今回のテーマにかかわる部分、最近の自分の体験と重なるものもあって色々と考えさせられましたし、終盤は一気読みでした。今回は関くんの1人称部分が多いこともあって、酩酊感もたっぷり味わえましたし。
ただ、正直いうと、「宴」以上にエスカレートした話を本編には期待していたものがあったので、その意味では期待していたものとはズレてしまいました。おもしろいのはおもしろかったけれども。この5年間待たされ続けたために期待もどんどん膨らんでしまったんですよね…
次のタイトルは「邪魅の雫」、「百器徒然袋 −雨」で作中で言及されていた「大磯の事件」がこれなんでしょうね。次の本は少なくとも2,3年以内に読みたいものですが、京極さんも仕事が多そうだからそう簡単にはいかないだろうなあ…
さて、以下ネタバレ感想。→榎さんファンとしては、今回はあんまり活躍しなかったのは残念。でも「瓶長」で目が見えなくなったと知って心配してましたが、榎さんはどこまでも榎さんなんだなあ。それでもなるべく上をみるようにしていたところからみると、記憶だけが見える状態はたとえ榎さんであっても「しんどい」ものだったんでしょうね。
関くんは思ったよりも元気そうでよかったです。でも関くんが京極堂の憑き物落としの前に事件の真相に気が付く日がくるとは…
今回のテーマは「生」「死」をどうとらえるか…というものですが。読みながら、身近な人がその人にとって大切な人が突然亡くなってしまったことを淡々と話していた情景を思い出しました。それと、ついこの前、突然死んでしまったペットのハムスターのことと。眠るように動かなくなってしまったとき、知識からそれが「死」だとわかっていても受け入れがたいものなんですよね… それに、「神様」とか「仏様」とか天国とか、そういうものがないと見送った人たちには辛すぎるものだということも今更のように実感したのでした。
それと、今回印象的だったのは…作中では夏で、あの「姑獲鳥」からちょうど1年なんですね。私はこのシリーズ、最初から全部初版ので読んでるんですが、一作目はそれほど記憶に残ってなかったりします。「匣」であのイメージに思いっきりヤラれてハマって。
で、その「匣」を読んでた光景ははっきり覚えています。キンキのデビューコンサート、大阪厚生年金会館での入場の並び列のこと。だから95年1月のはず。小説から得られる幻影と、コンサートで見せられる(全然質の違う)幻の相乗効果で余計にクラクラした記憶が。
あれからもう8年半経ちますが、作品中では1年しか時間が経ってないんだなあ、としみじみ思ったのでした。


●「MOTHER -The Original Story-」久美沙織[新潮文庫]629円(03/08/07) →【Amazon】

ゲームのノベライズの名作と名高い本作でしたが、長らく絶版状態でした。ゲーム「MOTHER 1+2」がGBAソフトして復刻されたのにあわせての小説版も復活です。
私は「MOTHER」は2を発売当時にプレイして(でも記憶に残っているのはどせいさんのみ)、1はGBAで初めてプレイしました。で、この前やっとクリアしましたが、やはりファミコン時代のRPGは今やるのはちょっと辛いものがあるなあ…というのが正直な感想。イベントがかなり唐突なものがあるし、設定まわりもゲームだけでは分かりにくく、戦闘が作業になりがちなところがあったし。発売当時にプレイすれば「剣と魔法」でない世界設定を新鮮な気持ちで楽しめたのでしょうが…
で、小説の方はゲームの「行間」をうまく膨らませて味付けして、少年少女の冒険談に仕上がっています。少年少女というよりは、少女からみた少年たちとの冒険談かな。ゲームでは仲間である「女の子」アナの視点で小説は描かれていますが、それゆえのやわらかさがうまく「MOTHER」というタイトルにつながっているのではないでしょうか。読んでて楽しかったです。


●「くらのかみ」小野不由美[講談社]2000円(03/08/05) →【bk1】【Amazon】

とても楽しみにしていた、小野不由美の新刊。「かつて子どもだったあなたと少年少女のための“ミステリーランド”」の第一期の一冊として刊行されました。
このシリーズ、コンセプトを聞いたときに「小学校の頃、図書館で借りて読んだホームズやルパンシリーズのようなものを目指しているのかな?」と思いましたが、本を店頭でみた瞬間にそれがジャストミートだったことがわかりました。箱の窓から見える本の表紙、本の背表紙の布の手触りと色合いに、昔図書館で本を選んでいるときの「ドキドキ」が蘇るような。
小学生の耕介は夏休み、死んだ母親の親戚だという「本家」に父親とともにでかけた。現在の当主の容態がよくないために、跡継ぎを決めなければいけないのだという話だった。田舎にある「本家」はとても大きく、不思議な言い伝えに彩られていた。全然まとまらない大人たちの話し合いを尻目に、仲良くなった子供達は神様が祭られているという蔵座敷で「4人ゲーム」を始めた。そのゲームが終わったとき、子供の人数は5人に増えていた。でも、誰が増えているのかわからなくて…
物語の方も、かつて親戚の田舎の大きな家で味わったワクワク、ささやかな冒険の思い出が蘇ってくるような話でした。家の平面図や、家計図、それぞれの行動を記した「アリバイ一覧」というような、ミステリ好きであればみててワクワクするような作中図が出てくるだけでなく、そこにもう一ひねり加えていて、おもしろかったです。
ただ、→終わりがちょっとあっけなかったなあ。まあ実際に座敷童というのはそういう存在なのかもしれませんが。
文庫本を中心に読む私にとっては、この分量で2000円は高いなあと思います。でも、丈夫に作られている本ですから、小学校や中学校の図書館の棚に全シリーズ並べてほしいなあ。このシリーズをきっかけに、多くの子供が本を読む楽しさを知ってくれると嬉しいのですが。


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