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旅・ダンス

ここまで足を伸ばしてくださって、ありがと。(⌒ー⌒)。聞いてもらいたい・
見ていただきたい自慢の写真や話を並べました。(最上段が新しい記事)
『TV・映画』『くらし』『舞台・ライブ』『旅・ダンス』『新聞・雑誌』『はてな?』
各コーナーの目次をご参照の上、ごゆっくりなさってネ!ふふ。(⌒ー⌒)。

歩き遍路の続き・・・64番札所から75番まで。

2009.1.26

母の故郷・四国への旅に出ました。3度目の歩き遍路は09年1月7日から13日。
旅のメンバーは、昨年の歩き遍路と同じ。わたしと我が人生の相棒と弟です。
わが人生の相棒と弟と3


前回の報告の尻尾に、ハードな旅だったけれど、体調がすんなり回復出来たので味を占めたわたし、新年早々にまた出かけました。
お遍路姿
母の形見のお数珠と師匠・野尻俊彦の『芝居をありがとう』のサイン入りの手ぬぐいを襟に巻いて元気に歩き始めました。

四国の各地には↓のような『お遍路さん、お休みください』の看板のある休憩所があります。
休憩所で

新しいデジカメの試し撮りでもありますが何故か、食べている絵が多い、我が相棒↓

道中で、食べられそうな物を発見すると(↑のサボテンの実)食べてみせるの。
真っ赤な口元で判るでしょ?赤い果汁は、夜石鹸で洗うまで取れない程。・・・モチロン恐々とではありますが、わたしも味見をしましたふふ。。その赤い真っ赤な実の味・・・・小さな種がいっぱいで、ほんのりした甘さデシタ。
『足のないサボテンは、鳥に食べられて旅をする?子孫が別の場所に行くための色と味なのかしらネ?!』

今回も<四国人の優しさ>にふれ、感動しました。
それぞれのリズムがあるので必ずしもくっついて歩かない時があります。田んぼに囲まれた道での話。
・・・・三人の最後尾を歩くわたしの脇で、後ろから来た軽トラックが止まった。振り返ると、お爺さんが窓を開けて『前の人と一緒かい?追いつけるのかい?』と聞く。『大丈夫です』と答えると『じゃこれ、二人で飲みな』と<ご接待の>ドリンクヨーグルトを2つ手渡してくださったのっ。
ドリンクヨーグルトと
先頭の弟は、コーヒーをいただいた、との事。別のチームと思ったのかしらね?
この日のお昼はコンビニで調達したお弁当でしたが、わたしの昼ごはんは↓こんな様子。
私の昼ごはん
リュックには、暮れに愛媛の友人から送られた(ふふ。四国〜東京を往復した)ミカンも入っていたし、朝食でゲットしたパンとか焼き海苔も。あはは。


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わたしが朝のバイキングでゲットしたパンで、お昼を済ませようとしているのは、お正月以来続いている<過食>を気にしてのコト。<歩き遍路=倹約しなければならない>ではありません。ふふ。念のため!
そんなコトさえも楽しく思えるのが、旅の好いところなのかも・・・。それに、景色!ついついはしゃぎたくなるような、こんなに立派な松がそこココにある。
松

↓その辺りに住む人々に愛されて、生きている松。いくつもの支木が添えられている松に和み、疲れを癒されるって感じ。
松2
↓400年も皆に愛されながら生きた松の根っこ。その生を終えた後にもこんな風に屋根を掛けて敬意を表す人たちがいてくれる事にも驚きますよね。
松3
下の写真の石の柱は、広い庭全体に20本位あって、高さも太さも違う。長命だった↑の松が<ご存命>だった頃の、支木だったそうでなの。『う〜ん!』って、うなってしまうでしょ。
松4

その松はココ、延命寺のお庭にありました。ココは今回の歩き遍路のお寺ではないけれど、敬意を表しお賽銭もあげてお参りもしました。(・・・だって、3人ともお手洗いも借りたしねっ!ふふ。)
松5
松とか杉とか自然の美しさも然ることながら、↓こんな家並みの美しさも!『やっぱり旅は好いなあ〜!』
家並み
手にしているおミカンは、この寸前に<ご接待>トレトレの甘〜いみかん! すれ違った小母ちゃんが、自転車を止め、後ろの篭から『今、畑からもいできたばっかりなの。』と手渡してくださったの。
『ご苦労様です。気をつけて行ってくださいね。』・・・・・こんな風に支えられているから歩ける、のカモ・・・。

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ふふ。わたしって、嬉しい時には両手を広げるクセがあるみたいね。
嬉しい時

1月7日は午後から11キロ歩いて早々と新居浜の宿に入りました。たったの11キロなのに3人とも足が重く夕食を食べながら謀議(あはは。)
『国道までは3キロ位あるから、明日はは<ホテルから国道までタクシーに乗って移動>しよう。』
『それは、名案!!』
『そうよね。あそこから歩いてもズルじゃないもんねっ!』と、タクシーを予約。

8日も7時45分には歩き始めましたが、新居浜を見下ろす峠越え↓の頃には、3人とも足が重い。空も心なしか、重い・・・・・新居浜は近くに鉱山があって早くから発展した町なので、工場の煙がこんなに。
工場の煙
この日も只々、25キロ歩いて伊予三島の宿に入る。歩き遍路は二日目がキツイのっ!

※ 前回の旅で宿を決めずに歩いて<予定の町までたどり着けずに苦労した体験>があったので、今回の旅では最初の試練<45キロ>の行程の宿は、かなり綿密に計算して出かけたの。
<昼食前に、ココ迄歩けたら、この宿を予約><雨が降ったら、その日は歩かない!>な〜んてね。←これで、綿密って言える??あはは。

ともあれ、今回最初のお寺には、9日の11時ころ着いたのかな? 痛む足をかばいながらも無事に、第65番札所・三角寺にたどり着いて般若心経を唱え、ほっとしたわたし↓
ほっとしたわたし

カメラに向かって愛嬌をふって笑っても、石段を降りる様子は↓ご覧の通り・・・蟹歩き。ふふ。階段は上るより下る時の方がキツイんですよね〜。


そんなに痛む足を引きずりながらでも寄り道を楽しむこともありました。
・・・・椿の花が好きな、弟の怜が『是非寄りたい』って言うので仕方なく(あはは。)この椿堂↓に寄りました。『ここは札所ではないのっ!』
椿堂

でも、↓の<おさすり大師さん>を見つけて、一番真剣にお祈りをしたのはわたしカナ?あはは。
おさすり大師さん


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遍路3日目、痛い足を騙し騙し歩いて<おさわり大師>さまを見つけ<おさすり大師>と、思い違いをしてたのね。(あはは。)膝をさすりながら、苦しいときの神頼み、祈ったのは、本音本心!

今回の旅最初の札所・三角寺までの40キロと、次の66番・雲辺寺への19,2キロは超キビシ〜イ道のりでした。
その後の67番には9.4キロで、68番と69番へ8.7キロ。70番までは4.5キロ。弥谷寺へ11.3キロ。その先は短くて・・・0.6キロ,2.8キロ,1.6キロとなる。
歩いた距離を・・・足し算すると98.1キロかぁ。でも、わき道にある宿への距離や金比羅参りも加えると全部で110キロ余ってコトになるのかな〜。頑張りマシタ!

09年3月号ダンスビュウエッセイ

↑『ダンスビュウ』09年3月号のエッセイ(09年1月27日発売)を転載。

民宿・岡田屋さんで
宿泊者からの写真が壁いっぱいに貼られていた民宿・岡田屋さんは、怖く恐ろしいトンネルの向こう・愛媛・香川徳島の県境にあった。
同宿者の一組は若い夫婦で、一月半の休暇を取っての歩き遍路【通し打ち】をしているというカップル。『何を祈願しての旅だったのかしらん?』、聞きたい気持ちをグっと飲み込みましたが・・・先日、島根から『結願しました!』=88ヶ所歩き通した、との報告の葉書が届きました。福祉の仕事をしているという。ガンバ!
また、このスナップを送ってくださったご夫妻は【逆打ち】=反対廻りをしている、との事。
わたし達は、母の菩提寺のある愛媛からのスタートでしたが、それも許される。色んな思いを抱いて、色んな人が歩き、または自動車やバスで巡っています。

『イザ!』・・・・まだ暗い(若い夫婦はトックに出発したというが・・・あはは。)早朝の出発。
『物々しいいでたち、と思うでしょ?』・・・でも山男を自認する弟が用意してくれたこの装束は、正解だったのっ!


山道は風がピューピュー吹いてるし、雪はチラチラしてるし、ほらね、↓
雪のちらつく山道

前回のトレッキングシューズの重さに閉口したわたし達は<スニーカー>でした。気温が低いので、靴の中に水が浸み込まずに助かりましたが弟は<無謀さ>に呆れていたらしい。
『だって、わたし雨が降ったら足が濡れるのイヤだから、その日は休む、って決めていたんだもん!』ふふ。横着なオヘンロね。

↓何とか雲辺寺にたどり着いたけれど、記念写真どころじゃなかった。お参りをしてお手洗いを借用すると、次を目指して出発。皆、無口になって歩む。ふふ。
雲辺寺


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雪の積もった山道を、コンスタントなスピードで歩くのは難しい。雲辺寺から大興寺までの9.8キロもキツカッタで〜す。 ↓それでも『遍路報告、楽しみにしてますよ!』とコメントを寄せてくださった皆さまに <美しい雪景色>を見ていただきたい、と張り切るわたし。
張り切るわたし
素人のわたしと相棒が先頭を歩くと、下り坂では早くなるし、登り坂はノロクなってしまう。
これまでの歩きでは、我々のスピードに合わせてくれ、常に<しんがりを勤め>付いて来てくれた弟が、この雪道だけは<先達>になって歩く。そして、黙々と50分程歩くと足を止め『10分だけ休憩しましょう』と言う。
わたし達は、ひたすら彼の歩調にあわせて、ついてゆく。(これはどうやら、この雪道での遭難を避けるための作戦だったらしい。)
・・・・前夜の泯宿で、かなり飲んで同宿者との<遍路談義>に浮かれていたわたしを尻目に山男らしく、天気予報を聞いて状況を把握していたようなのっ!
『今日は雪で助かったよ。雨やみぞれだったら衣類が濡れて、体温が取られちゃうからね。』
・・・何歳になっても弟は年下(ふふ。当たり前?)なので、頼りないと思っていたけど今回は見直しちゃった!あはは。
休憩中にはもぞもぞとポケットをまさぐり、チョコレートとかアーモンド等を<頑張って歩いたご褒美>のように、ちょこっとずつくれる。相棒とわたしは、アリガタク食し、また歩いた。あはは。

記念写真

↑奇跡的な記念写真。
こんな日に歩く人は、少ないのでしょう。追い抜く人もすれ違う人もないまま5〜6時間過ぎた時、山を登ってくる人と出合ってシャッターを切ってもらいました。何回目かの歩き遍路で【逆打ち】をしている人だったのでしょうネ。
『折角だから、あの標識の前に立ったらどうですか?』と、わざわざこの場所まで戻ってくださったのっ!こういうさり気ない親切に出会うと、人って元気になれるンですよね。ありがたかったわ〜。

上の写真を見て、噴出して笑ったわたしに、我が相棒は『礼子の背丈に合わせて、かかんだンだ!』と言い張ります。どう見ても、腰がぬけていますよね〜。そう言うわたしもこの後のスナップ↓では・・・・。あはは。どっちもどっちネ。
どっちもどっち

↓ココはまだ雪も届かない背の高い木々の下ですが、茶色い枯葉の上に雪が積もり始めると<チョコレートケーキ>みたいになるの。 本当に、美味しそうだったなぁ〜。ふふ。

でも↑は、本来なら<公にはしにくい>一枚ですよね。ふふ。そうなの男性はマァ何とかなりますが、女性は困るのっ!
『雲辺寺から大興寺までの99.8キロ、何がキツカッタかと言うと、それでしたっ!』

↓疲れきった男性の顔に比べると、大興寺に着いて、ソレから開放されたわたしは、清々しい顔してるでしょ?あはは。
大興寺での
納経の受付時間には間に合ったので、お参りも出来ました。でも、大興寺での写真はコレ一枚しかない。
日付け(2009.1.10.16:13)を見て、思い出しました。
・・・この先は、内緒にしたい<不名誉なハナシなの>で〜す。ここから宿までの3キロ、ズルをしちゃったのっ。
だって、やっと到着してお参りしている間に、みぞれになってしまったのっ。ドンドン酷くなる空を見上げながら、疲れきっているわたし達の会話・・・とっても気が合いました。
『濡れて風邪でも引いたら大ごとだからねぇ』
『そうよねぇ!!』
『堂守りさん、タクシーは呼べますか?』
・・・・・・と、即決しました、と云うお粗末! あはは。


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夕食時の打ち合わせで『大興寺迄戻らずに、宿から歩こう!』と、決めていたわたし達は、次の日も早起きをして頑張って歩き続けたので4ヶ寺(神恵院・観音寺・本山寺・弥谷寺)にお参りが出来ました。ふう。 相変わらず、皆の足は重い。だって、今回のお寺は殆どが山の上にあったのっ。しかも境内に入ってからも階段が↓いくつもいくつもあるのよっ!あはは。
階段

『4時半を廻っているからガンバロウ!』『納経受付の締め切りに間に合わせよう!』と、山門の脇にリュックを放り出すように置き、小走りで登った。ナント、この弥谷寺の階段は<750段>もあったンで〜す!!
その所為で、下る時はこのような↓蟹歩きに・・・・・。弟の怜は山男ではありますが、わたしの雨具とかを預かってくれているために、かなりの重量のリュックを背負っているからでしょう、悪いなあと思いますが、笑っちゃった。
蟹歩き

この日最後にお参りした弥谷寺への道のりも、大変だったのっ。ガマンしたのっ!そうなのいくら強心臓のわたしでも<普通のお宅の玄関のベルを押して『お手洗いを貸して』とは言えないでしょ?>
人を見かけたら頼もうと、キョロキョロして歩くのですが、寒いので誰も出歩かないのよね〜。結局、またこの11キロも我慢のし通し。ふふ。
だから<山門の脇にある立派なトイレ>には感動しました。オマケに宿泊予定の<ふれあいパーク・弥谷寺温泉>が、山門の前にあったのには感激しちゃったっ!あはは。
この<ふれあいパーク・弥谷寺温泉>は、超・好い温泉。地の利のある方は是非!<0120-72-2601>

↑『山の上だって、分かるでしょ?』 本堂の扉を閉める音を、背後に聞きながら階段を下りたのが・・・・1月11日17時03分。(時刻の保存はまだ?ですが、新しいデジカメにはこんな機能もついている。使いこなせるようになりたいナ。)


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歩く話が主になっても許して頂けるかなと、お話してきましたが一寸長すぎたかしら?・・・・もう少しで終わりますので、ヨ・ロ・シ・ク!あはは。
今回一週間で廻ったのは、11ヶ寺。この↓75番札所・善通寺では、ビックリするほど沢山の参拝者に会いました。


参拝の手順を説明すると・・・・・寺に着いたらリュックを下ろし、手と口を清める。


(紫の風呂敷の中身は衣類。これを腰に巻いてリュックの重さを支えたのですが、外すのを忘れてお参りした<悲惨な姿>は展示しませんっ!あはは。)

弘法大師を祀ってある太子堂と、ご本尊のおられる本堂、それぞれの前でローソクを灯し、お線香を供えてから『○○を祈願し、武蔵野の草村礼子が納経します』と書いた遍路札を納め、般若心経を唱え祈ります。
弟と我が相棒は男らしくサッと切り上げるけれど、わたしには祈りたいコトが山ほどあるので、長い!

でも、我ながら不思議に思ったのは、どんなに急いでいても、祈る時にはそれぞれの顔がしっかりと浮んでくるので、しっかりとお願いをしたくなる。『両手を合わせるって、そう云う事なのかしらね?』


↑豊かなお財布に縁が深いという<毘沙門天尊堂>=甲山寺
今回の遍路では<上記のエッセイにも記した人の前途>を、どこのお寺でも真っ先に祈りましたが、ここでは太い蝋燭にその名前を書いて供えました。『がんば!』の気持ち届くと好いな〜。

自分のためだけにお祈りしたのは↓出釈迦寺の<求聞持大師>

学業=仕事の前進をお願いしたんですが<物忘れにご利益>があるそうなので、お守り札もっ!でも↓の逆立つヘアーは『スデニ職業を忘れている』人のものデスネ。あはは。

通常は<母が、天国で安らかに><結婚したばかりの姪っ子たちの幸せ><早く幸せになって欲しい甥っ子たちの未来>を祈るの。そして<体調が優れない友人の健康>と<自分たちの健康と仕事>と盛りだくさん。今回は、その上に<抱えている心配事まで>を祈るのですもの、もう大変!=どんなに急いでも、優に30〜40分。あはは。


『今回打ち上げはココ』と決めていた善通寺で『ご本尊の前で、どうぞ!』と声をかけられたのは望外の喜び!嬉しかった。・・・いつもは屋外でお経を唱えるので、つい、浮かれて出口で<招き猫>とのツーショット!あはは。


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ココで打ち止めと決めた75番札所・善通寺をお参りした後で、昼食。
わき道の<小さなうどん屋さん>で手打ちのうどんを食べながら『新年早々の旅でもあるから、金比羅さんにお参りもしよう!』と、話をしていたら、隣の席にいた年長の男性が『琴平までは6キロ程だけど、歩いたら着くのは夕方になって、間に合わないよ。送ってあげよう。食べ終わったら家においで。』と言い、出て行った。
『どうしよう?』『やっぱり、タクシー呼んだほうが良いんじゃない』と相談するわたし達に、うどん屋のお婆ちゃんは『あの人、キット待ってるから<ご接待>受けなさいよ。』
『じゃ、そうしよう。おいくら?』『1640円』『えっ、三人全部で?』『はい。』・・・・手巻き寿司や、お肉も入った鍋焼きうどんもたべたのに、この値段だったのっ。
・・・・・こんな出逢いがあるから、歩き遍路は止められなくなるのね〜!・・・・旅って好いなあ。
と、琴平迄送ってもらいました。・・・・が、果たして階段は↓こんなに・・・・。ふう。


金比羅詣で↓は、そんなラッキーと説明するしかない出会いがあって叶いました。
金比羅詣で
タクシーを呼んだのとは違って<次回のお遍路は、あの方の住む善通寺からスタートする!>と云う楽しさもいただいて、旅は完結しました!

金比羅参りの後は<琴参閣>(ちょっとゴージャスな、お勧め宿の電話。087-75-0500)

ゆったりと温泉に浸かりご馳走を食べてくつろぎました。翌13日、帰りのフライトは午後、高松空港から。その時間調整で琴平町観光。観光(1)は、海科学館。 山の上にある船の操舵室で、舵をとった弟は少年のように上機嫌↓。
海科学館で

琴平町の観光(2)は、金比羅歌舞伎で有名な<金丸座>↓
金丸座
↓は、出を待つ俳優さんの気分で、花道から舞台までをパチリ。
金丸座花道から

琴平町観光(3)は<金比羅詣で>をする人が渡っていた木製の屋根つきの橋。
木製の屋根つきの橋

これは↓何処のお寺の、何の木の根元なのか・・・・わたしには判るのですが<?>と、させていただきます。


母の7回忌の法要を機にスタートした歩き遍路は、同行二人=弘法大師とふたり連れと云う。わたしは母の故郷・四国への旅に、母にも同行してもらっている、と思ってきました。
そう、母の故郷への思いを胸にして、母のいのちの還元を・・・・。こんな気持ち・・・・・ご理解いただけますか?ふふ。

次回の遍路は何時になるのかは不明ですが、これからも母を同行して<四国の自然に、母の命を託す旅>を続けたいと考えています。
『長らくのご静聴、まっこと、ありがとうございました。』ふふ。合掌。


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