草 村 礼 子 っ て ど ん な 人 ?プロフィール

一人芝居のスタートは、お客さまとの交流から
○1981.8.30東京,吉祥寺雑学大学にて、週刊きちじょうじの大橋一範さんと、今は亡き吉祥寺雑学大学の和眞人学長との勧めで“いのちと愛”をテーマに朗読をする。
これを機会に、小さな集会での朗読を開始。
○1982.12.15岡部耕大先生の「精霊流し」を“観る朗読”として、長野県穂高中学校図書室で演じました。(翌日松本で行われるステージのための練習を、演劇に詳しい~事明先生に、チェックして貰うのが目的で訪れた。)

「折角の機会だから、生徒たちにも見せたいけれど…?」と聞かれた時「今時の生徒さんは15分に一度は笑わせないと付いてこないって聞いてるし、絶対に嫌です」と一度は断った生徒さん達だったが、終演後に彼らの素朴な、だが的確な感想を聞いた事で、わたしは俳優としての原点に立ち返って、再出発が出来たと思います。

『自分が何かを演じたいと考えている者である。』
『観たいと待っているお客さまが居てくださる場所に行って演じる。』
『どのような場所であっても、演じたい人間と見ようとして集まった人間が、出合う時には、そこが “劇場” に成る』
と云う事を、その日、校庭の球技の声も聞こえてくる、明るい中学校の図書室で体感させてもらえた事が、その後のライブ活動の原動力となりました。
1982.12.16
長野県松本の、喫茶店「無伴奏」にて、岡部耕大作「精霊流し」を語る。
黒いワンピースに白いハンカチ一枚だけを手にして、演じる草村礼子の心と身体を通過させた言葉=台詞のみが、観客のこころに届くようにとの気持ちで語りました。

それまでの“いのちと愛”をテーマとする朗読は、テキストを見て語って居りましたが「松本までわざわざ呼んで頂くなら、面白いものにしたい!」と試行錯誤をした結果、落語のかたちを借り、お客さまと同じ椅子に座り、お客さまと向き合って、斜め前方からたった一つだけスポットライトを点けて語る事にしました。
ハイライトを受けて“自殺未遂の娘”の言葉を語り、その娘を見るかたちで下手を見ると、顔に影が出来るのでそれを利用して、娘を援けようとするひなびた宿のおんな主“おばば”の言葉を語りました。

もう少し詳しく語ると・・・。

もっと知りたい。


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