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一夜あけて

松江から帰京して、ほっとする時間もないまま、博多に来ています。
日記にはつねに明るい話を書くようにしているわたし・・・辛くて切ない状況と、きびしい日程をこなせる体力に感謝しながら・・・。
大好きな先輩の訃報を受けて博多にきているのです。
その上夕べは、夫婦役も演じさせていただいた事のある山田吾一さんが、13日に亡くなられたとの報道もあり、色んな思いが押し寄せて・・・。それでも、前を向いて歩かなければ!ね?

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Leikoさんの思いは
山田さんと先輩の方へ届いていることでしょう。
切ないとは思いますが
どうぞ、お体を大切になさってください。

プチネコさん、いつもありがとう。
先輩は、高田豊三さん。享年78歳。

夏に見舞いに来た時は、先輩の身体に合う治験薬のお陰で、かなり希望的観測をしてましたが、肺癌だったので、体調の急変は、覚悟もしていたわけです。
わたしと相棒が、師匠のいる博多への転居を薦めたので、こちらで教えたり、TVの仕事をしていました。
師匠・野尻敏彦先生が他界されてからは、後輩たちに『先輩をよろしく』とたのんでいたのです。

亡くなった日にわたしは松江での公演があったので、旅立ちを見送るコトは叶いませんでしたが、見舞いにきてくれた数人の若い仲間に見守られて天国に逝けたし、10代の若者から年長者も含め、200名もの会葬者に見送ってもらったそうなの。

若い仲間たちに心からの感謝を伝えました。

博多に来て20数年、いかに、若い演劇人に優しく接していたのかも解って、ほっとしています。

Leikoさんの日記に過去何度か登場なさっていた方ですね。演劇人として人として、多くの方々から敬われ必要とされ、絆を育んでこられた方なんだなと思いました。
高田さん、今頃にっこりとLeikoさんをはじめとした皆さんにお礼を言っているかもしれませんね。

はじめまして。 高田先生と同じ事務所におります、こず恵と申します。 16日に草村さんを事務所でお見かけして、夏に博多の街で草村さまを見かけた理由がやっとわかりました。 18日には学校巡演後の慌ただしい事務所にて、ご主人に荷物を運ばせてしまって恐縮しております。  本当にありがとうございました。

高田先生から一番最後に私たちが教わったことは『生きざま』です。 生きようとする姿は事務所スタッフ、役者の心に深く刻まれました。 高田先生から教えていただいたことを自分の身にし、芝居ができることに感謝して成長していきたいと思っております。  
  

こず恵さん、こんばんは。

書き込みを、ありがとうね。
お返事のカタチで、本音が言えます。ふふ。

先輩が亡くなっても平然と「安寿と厨子王」の舞台に立ちました。・・・と言っても松江の仲間には高田さんの他界についての話は11月末の千秋楽まで隠したままで渡っています。
(人間、そうは強くないですもんね。)

そして、高田さんは、若い皆さんに囲まれて幸運(?)旅立ちが出来たんだから泣くまい、と決めて博多に入りました。

わたし達に代って、しっかりと高田さんを見送ってくれた博多のみんなに『ありがとう』を伝えたいと思いました。

今回は、高田豊三さんを愛する人、尊敬する人、その教えを忘れまいとする人たちがいっぱいいてくれたコトに感動して、辛くて切なくてどうしようもない気持ちが、癒されました。ありがとう。

チャンスがあったら、皆さんにもよろしく伝えてくださいね

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